バジリスク 甲賀忍法帖 1~12話 [アニメ]
バジリスク 甲賀忍法帖 1~12話
はい、1話は甲賀と伊賀・・
弦之助と朧の祖父母の若かりし頃の話から始まり、その因果、因縁・・物語っていきます。
そう、弦之助と朧は、そんな祖父母とまったく同じ運命を巡っていくことになるのです。
彼女達の幸せが和睦へと繋がるはずが・・
徳川家の世継ぎを決めるべくために・・
愛し合う二人がひきさかれてしまうのです!
無垢な朧と真面目すぎるゆえに少乙女心に鈍感な弦之助~
弦之助手を繋ぐだけで頬を染めたり・・・
接吻を求められても朧の行動の意味を理解できず、首を傾げたりえげ・・
そんな、はたから見ても微笑ましくてしょうがない許婚どうしなのに、これからのことを思うと~~
本当に、日本版ロミオとジュリエット~~です!
1話ごとに、どちらが生きるか、死ぬかの死等が繰り広げられ、命を落としていく者達・・。
その戦いには、無関係な人間への配慮なんてないし、邪魔ならば迷わず殺していく・・
そんな世界・・というべきでしょうか・・。
そのため、残虐なシーンが結構多い分?サービスシーンも又少なくなく・・(笑)
旦那がいっていたように、生=性と同じ欲があるからなのかな?
野生の動物ならば子孫を残すための本能でもあるし・・
人間臭さを出すには、こういうシーンがあった方が、返って臨場感が出てくるのかも?
なんて、ふと思ってみたりして・・(笑)
そして・・
穏やかな日常の風景なども・・・
やはり、過酷な物語を、より強めるにはメリハリが必要です!
仲むつまじく食事をする兄弟の風景・・
これからおきる悲劇を知らずに・・・
そう、忍者という身、いつ、いかなるときも・・
そんなこと、理屈では分かっていも現実には納得は出来ない。
それが人の心・・・。
そして時には恋人同士の仲むつまじい姿・・
これも忍者としての定めゆえ悲しき別れになってしまい・・
そう、そこには、確かに人の心がある。
全ての登場人物に愛がある訳ではないけれど、非情な人間ばかりでもなく・・
又、非情にならざるおえない、奪われた命への憎しみゆえに・・
そんな人物もいます。
そう、思わせる物語があります!
心に少しでも愛を持つものならば、時には、敵見方という立場を超えて動かされる感情もある。
自分も大事な人を失い、相手も同じように大事な人を失い・・
そんな人間と、少しでも人として関わり触れ合ってしまえば・・
けれど、その優しき思いも、結局は愛するものを奪われた憎しみの方が勝ってしまうのですが・・
そして、繰り返されるのです。
殺されたから殺して、殺したから殺されて・・を・・
その行為は憎しみの連載を断ち切るどころか、より一層憎しみを深めていくばかりのもので・・。
弦之助と朧の関係もそう・・
憎しみ会わなければならぬ立場でありながら、けれどどこか非情になれぬ弦之助の心・・
そして、そんな弦之助を敵としてみなすことなどできないと、心強く固めてしまっている朧・・。
昨日まで愛し合っていた人間が、急に憎しみあうことなど出来るはずもないと、涙に頬をぬらす。
けれど、双方共に仲間の命を奪いあっている間であることも事実・・
それが自身の手ではなくとも、互いに頭という立場では、そんな言葉が許されるはずもなく・・。
追いすがりたくても追いすがれない。
振り向きたくても振り向けない。
降り注ぐ雨の中、離れていく二人の距離・・・
そう、この距離感が・・たまらなく切なくて・・
本当に、今見ても面白い作品です♪
何故こんなに面白いのかというと・・
やはり、作品への熱意と拘り・・・ですね。
今はなんでもかんでも、仕事減らして負担減らして~と、必要な時を場所を考えず労働時間を法律で勝手に決めちゃっていますが・・
中にはそういうのが必要な会社もあれば、不必要な会社もあるし、それを希望するものと希望していない物もいるのに、全部ひっくるめて決めちゃってしまっているので・・
なんだろ・・・
仕事多いことは有り難いことのはずなのに、今ではそれがダメになってきている・・
バランスが一方に偏りすぎていて、違和感がわいて仕方のない時代になってしまった気がします。
仕事多いなら、そのノルマこえるための工夫が必要だし、努力して頑張る・・そういう意欲を削り取っていないのではないか?と、思わずにはいられない。
勿論、仕事量の制限が必要な会社が多いのでしょうが・・
個人的にはノルマと仕事の働き時間の両方・・
働き方自体を工夫し感上げなければいけない時代なのでは・・と、思います。
時間を削れば、それでいい訳じゃない・・・
会社にもノルマがあるし、事件減らしてノルマ超えられなければ意味がないし・・
かといって、ノルマのためだけに、仕事の鬼になりすぎるのも違うし・・
仕事を上手にやるコツを学ばせなければ意味がない気がしてならないのです。ただ働けばいいというものでもないし、働かせればいいというものでもない
能率悪い上体で長時間するよりも、能率の良い方法で短時間仕事をさせる・・
これが大事であり、今の時代、出来ていない所が、労働時間にて問題が浮き彫りになってくるのでは・・と、思うのです。
なので、一部分の否定的部分だけをピックUPして法的に縛っては、根本的な解決にはなっていないような気がしていた仕方ないのです。
というか矛盾?
そんな今の時代・・・
アニメ業界も昔より色々厳しい環境下にあるでしょう・・
作品に愛を持てる余裕が無い・・ていうのもあるでしょう・・
しかし・・・
職員同士の絆が成り立っていないから苦しい環境下なのでは・・と、映像特典による対談を見て思いました。
3日3版寝ずに仕事したり、無我夢中で仕事をしたり・・・
今の若い人にその情熱があるのだろうか・・
そして、それぞれチーム一つとなって信頼関係を作って製作できているのか?
人同士の繋がりちゃんともてているのか?
と、いう所のような気がします。
人間死ぬほど辛くても、支えあい、信じあう心があれば、乗り越えること、苦しみを軽減させることも出来るのだと・・
この対談を見て思いました。
経験による知識、そこから生まれる信頼関係、そして双方に重なる情熱・・
こういった、キャッチボールがあってこそ、良い作品ってのが生まれるのでは?と、改めて思いました。
個人個人の自己満足な作品は、ただの自己満足、それでは商品として面白い物が作れるはずもないのですよね。
忙しい、厳しいといいながらも、そこを厳かにしているから良質の作品を作り上げるのが難しいのではないのでしょうか・・・
と、思わずにはいられません。
作品に愛情が持つ暇がないなら、仕事としてのプライドを持つこと・・
それがダメならチームワークを持つべきなのでは・・
と、この作品を見て感じたのでした~。
なんというか、好きだけでやっていけるのなら、私だって漫画家になっていただろうし・・・ね、と、ふと思ったのです。
本当に、想いだけでも力だけでもダメなんだよね。
それに、チームワークのない会社と、チーームワークの出来ていない会社では仕事の能率は100%変わっちゃいますからね。
個人一人だけの仕事で全てを賄えるならば社員さん雇う必要ないし・・
でも、そういうわけにはいかないから社員さんやとって会社敬遠してるわけで・・
と、極端な話、こんな風に想ってしまうのでした~。
はい、1話は甲賀と伊賀・・
弦之助と朧の祖父母の若かりし頃の話から始まり、その因果、因縁・・物語っていきます。
そう、弦之助と朧は、そんな祖父母とまったく同じ運命を巡っていくことになるのです。
彼女達の幸せが和睦へと繋がるはずが・・
徳川家の世継ぎを決めるべくために・・
愛し合う二人がひきさかれてしまうのです!
無垢な朧と真面目すぎるゆえに少乙女心に鈍感な弦之助~
弦之助手を繋ぐだけで頬を染めたり・・・
接吻を求められても朧の行動の意味を理解できず、首を傾げたりえげ・・
そんな、はたから見ても微笑ましくてしょうがない許婚どうしなのに、これからのことを思うと~~
本当に、日本版ロミオとジュリエット~~です!
1話ごとに、どちらが生きるか、死ぬかの死等が繰り広げられ、命を落としていく者達・・。
その戦いには、無関係な人間への配慮なんてないし、邪魔ならば迷わず殺していく・・
そんな世界・・というべきでしょうか・・。
そのため、残虐なシーンが結構多い分?サービスシーンも又少なくなく・・(笑)
旦那がいっていたように、生=性と同じ欲があるからなのかな?
野生の動物ならば子孫を残すための本能でもあるし・・
人間臭さを出すには、こういうシーンがあった方が、返って臨場感が出てくるのかも?
なんて、ふと思ってみたりして・・(笑)
そして・・
穏やかな日常の風景なども・・・
やはり、過酷な物語を、より強めるにはメリハリが必要です!
仲むつまじく食事をする兄弟の風景・・
これからおきる悲劇を知らずに・・・
そう、忍者という身、いつ、いかなるときも・・
そんなこと、理屈では分かっていも現実には納得は出来ない。
それが人の心・・・。
そして時には恋人同士の仲むつまじい姿・・
これも忍者としての定めゆえ悲しき別れになってしまい・・
そう、そこには、確かに人の心がある。
全ての登場人物に愛がある訳ではないけれど、非情な人間ばかりでもなく・・
又、非情にならざるおえない、奪われた命への憎しみゆえに・・
そんな人物もいます。
そう、思わせる物語があります!
心に少しでも愛を持つものならば、時には、敵見方という立場を超えて動かされる感情もある。
自分も大事な人を失い、相手も同じように大事な人を失い・・
そんな人間と、少しでも人として関わり触れ合ってしまえば・・
けれど、その優しき思いも、結局は愛するものを奪われた憎しみの方が勝ってしまうのですが・・
そして、繰り返されるのです。
殺されたから殺して、殺したから殺されて・・を・・
その行為は憎しみの連載を断ち切るどころか、より一層憎しみを深めていくばかりのもので・・。
弦之助と朧の関係もそう・・
憎しみ会わなければならぬ立場でありながら、けれどどこか非情になれぬ弦之助の心・・
そして、そんな弦之助を敵としてみなすことなどできないと、心強く固めてしまっている朧・・。
昨日まで愛し合っていた人間が、急に憎しみあうことなど出来るはずもないと、涙に頬をぬらす。
けれど、双方共に仲間の命を奪いあっている間であることも事実・・
それが自身の手ではなくとも、互いに頭という立場では、そんな言葉が許されるはずもなく・・。
追いすがりたくても追いすがれない。
振り向きたくても振り向けない。
降り注ぐ雨の中、離れていく二人の距離・・・
そう、この距離感が・・たまらなく切なくて・・
本当に、今見ても面白い作品です♪
何故こんなに面白いのかというと・・
やはり、作品への熱意と拘り・・・ですね。
今はなんでもかんでも、仕事減らして負担減らして~と、必要な時を場所を考えず労働時間を法律で勝手に決めちゃっていますが・・
中にはそういうのが必要な会社もあれば、不必要な会社もあるし、それを希望するものと希望していない物もいるのに、全部ひっくるめて決めちゃってしまっているので・・
なんだろ・・・
仕事多いことは有り難いことのはずなのに、今ではそれがダメになってきている・・
バランスが一方に偏りすぎていて、違和感がわいて仕方のない時代になってしまった気がします。
仕事多いなら、そのノルマこえるための工夫が必要だし、努力して頑張る・・そういう意欲を削り取っていないのではないか?と、思わずにはいられない。
勿論、仕事量の制限が必要な会社が多いのでしょうが・・
個人的にはノルマと仕事の働き時間の両方・・
働き方自体を工夫し感上げなければいけない時代なのでは・・と、思います。
時間を削れば、それでいい訳じゃない・・・
会社にもノルマがあるし、事件減らしてノルマ超えられなければ意味がないし・・
かといって、ノルマのためだけに、仕事の鬼になりすぎるのも違うし・・
仕事を上手にやるコツを学ばせなければ意味がない気がしてならないのです。ただ働けばいいというものでもないし、働かせればいいというものでもない
能率悪い上体で長時間するよりも、能率の良い方法で短時間仕事をさせる・・
これが大事であり、今の時代、出来ていない所が、労働時間にて問題が浮き彫りになってくるのでは・・と、思うのです。
なので、一部分の否定的部分だけをピックUPして法的に縛っては、根本的な解決にはなっていないような気がしていた仕方ないのです。
というか矛盾?
そんな今の時代・・・
アニメ業界も昔より色々厳しい環境下にあるでしょう・・
作品に愛を持てる余裕が無い・・ていうのもあるでしょう・・
しかし・・・
職員同士の絆が成り立っていないから苦しい環境下なのでは・・と、映像特典による対談を見て思いました。
3日3版寝ずに仕事したり、無我夢中で仕事をしたり・・・
今の若い人にその情熱があるのだろうか・・
そして、それぞれチーム一つとなって信頼関係を作って製作できているのか?
人同士の繋がりちゃんともてているのか?
と、いう所のような気がします。
人間死ぬほど辛くても、支えあい、信じあう心があれば、乗り越えること、苦しみを軽減させることも出来るのだと・・
この対談を見て思いました。
経験による知識、そこから生まれる信頼関係、そして双方に重なる情熱・・
こういった、キャッチボールがあってこそ、良い作品ってのが生まれるのでは?と、改めて思いました。
個人個人の自己満足な作品は、ただの自己満足、それでは商品として面白い物が作れるはずもないのですよね。
忙しい、厳しいといいながらも、そこを厳かにしているから良質の作品を作り上げるのが難しいのではないのでしょうか・・・
と、思わずにはいられません。
作品に愛情が持つ暇がないなら、仕事としてのプライドを持つこと・・
それがダメならチームワークを持つべきなのでは・・
と、この作品を見て感じたのでした~。
なんというか、好きだけでやっていけるのなら、私だって漫画家になっていただろうし・・・ね、と、ふと思ったのです。
本当に、想いだけでも力だけでもダメなんだよね。
それに、チームワークのない会社と、チーームワークの出来ていない会社では仕事の能率は100%変わっちゃいますからね。
個人一人だけの仕事で全てを賄えるならば社員さん雇う必要ないし・・
でも、そういうわけにはいかないから社員さんやとって会社敬遠してるわけで・・
と、極端な話、こんな風に想ってしまうのでした~。
タグ:バジリスク
コメント 0